八王子の景色   吉兆の大亀                                                [戻る]


戦国時代の小田原城城下町は松原神社を中心に街道沿いに広がり
東国一の賑わいを見せていた。
この松原神社の境内に注連縄を張った亀の石像がある。

吉兆の大亀
天文十四年(一五四五年)三月、小田原の海岸に現れた大亀を土地の者
が当社の池に持参したところ、小田原北条三代当主氏康は、これを聞き、
吉兆なりとて参詣し舞を奉納した。
果たして翌天文十五年、関東管領上杉軍八万の兵を、わずか八千の兵で
見事に破り【河越夜戦】、念願の関八州の平定に成功した。
この石亀像はその話に由来して作られた(制作年不明・頭部欠損)ものと
思われ、現在でも大亀の甲羅を撫でると、社運隆昌・心願成就・開運・勝利
(転じて試験合格)にご利益があるとされております。
また、亀は長寿を象徴する生き物であることから、賽銭を十円納めると十日、
百円納めると百日、千円納めると千日寿命が伸びると言われております。
                          小田原総鎮守   松原神社

この石像を見ていると、ひとりのご婦人が来て1分近くもの間、大亀の甲羅
を撫でて何かを祈願されていた。
今もなお、「吉兆の大亀」は小田原の人々の信仰を集めているようである。