八王子の景色   梭の音(おさのね)                               [戻る]


楢原町の養護老人ホーム楢の里の庭に建つ碑。
心に沁みる反戦の詩が刻まれている。

梭の音
        樋口 配天

晩鴉の噪ぐ 森の陰
煙も細き 賤が屋の
縁小暗き 窓の内
ひとり をとめの 機を織る
暮るゝ 日影に 伴ひて
梭の音 高く 聞こえけり

親の許しゝ その人は
妹背結ぶに さきたちて
兵に 徴されて 遠き空
ここに睦むる 日の久し
暮るゝ 日影に 伴ひて
梭の音 急はしく 聞こえけり


外百万の兵動き
戦い 近きに 起らんと
噂の 高う なるにつれ
をとめの胸の浪荒るゝ
暮るゝ 日影に 伴ひて
梭の音 微けく 聞こえけり

さわぐ心に 糸みだれ
櫛もて 筋を たたせども
ちいさき 胸の 結ばれつ
解く術 知らで うなだるゝ
暮るゝ 日影に 伴ひて
梭の音 とだえて 聞こえけり

入相の鐘に さそはれて
森の鴉も静まぬ
破れし 窓の影 暗く
をとめは 機に うつぶしぬ
暮るゝ 日影に 伴ひて
梭の音 聞こえすなりにけり