一本橋 [戻る]
2つの大きなコンクリート管と鉄パイプ、コンパネで作られた橋。
歩くとユサユサと上下に揺れるが危うさはなく安心して渡れる。
初めてこの橋を見たのは5〜6年程前だろうか。
神戸の切通しから、なんとなく北に入ってみたときだった。
最初の印象は「なんだこりゃ!」だったが、
地元の町会が設置していると知り、見方が変わってきた。
橋のそばで見ていると、この橋を利用する人がとても多い。
北から、南から、いろんな人が橋を通りすぎていく。
自転車に乗ったまま渡る人も結構いる。(私もそのひとり)
この橋は住民の生活道路としてなくてはならない存在となっている。
橋は、北岸にある町会が設置していると聞く。
台風や大雨による増水時には、この橋は一時的に撤去され、危険
が去ったらあらためて架橋されるのだという。
私の知る限り、このような橋は八王子市内には見当たらない。
町会の方の努力の感謝を申し上げたい。
橋の袂にこんな看板が立っている。
警告
一級河川浅川に設置されているこの人道橋は、河川法の許可を得
ていない違法工作物です(26条違反)。
利用者に危険を及ぼすおそれがあるため、設置者は速やかに河川
を現状に回復してください。
平成22年1月
河川管理者 東京都南多摩西部建設事務所長
この橋がなければ、住民は400m程上流の陵北大橋を使わなけれ
ばならず、結局1km以上の遠回りを強いられることになる。
下流はというと、2.5kmも離れた松枝橋が最も近い橋になる。
生活道路として必要不可欠なこの橋は、法律の上では違法工作物
かも知れないが、止むに止まれず住民の利便にと設置されたこの
橋を撤去することはできるものではないことは、行政も承知している
のではないのか。
江戸時代に八王子と甲斐を結んでいた佐野川往還は、神戸から北上して、
この橋附近で浅川を越えて宝生寺の前を通過した。
「神戸(ごうど)」の地名は、川を渡る「河渡」から付いたとされる。
「浅川」の名の通りの浅い瀬を渡る佐野川往還は、橋の南北に残されている
馬頭観音の石仏がその歴史を物語っている。
なお、この橋には正式な名前はないようで、地元の人は、「ドンドン橋」などと
も呼んでいるらしいが、これは橋を渡るときの音から付いた名前なのだろう。
このサイトでは、どこかで聞いた記憶のある「一本橋」とした。
[追記]
この記事をご覧いただいた市内諏訪町にお住まいの方から、
@『大幡山宝生寺史』に「大幡橋」とある。
A『皇国地誌 多摩郡大楽寺村村誌』に「神戸橋」とある。
とのご連絡のメールを頂戴いたしました。
本日、八王子市中央図書館で両資料を確認しました。
『大幡山寶生寺史』(昭和53年8月1日 宝寶寺発行)
の最後の方の写真にこの橋が写っていて、説明に「大幡橋」と
書かれています。
『皇国地誌 村誌 武蔵国南多摩郡西寺方村』には、
「橋梁 神戸橋
〇二度甲州裏往来ニ属シ浅川ニ架ス 長二十間幅六尺橋下水
深四尺木製二シテ修繕ハ本村及ヒ同郡大楽寺村ノ共有民費ニ
属ス」
と書かれています。
ご連絡いただきましたことを感謝いたします。(2014.8.16) 管理人