八王子の景色   松姫之碑                                           [戻る]



上恩方・高留の口留番所跡には関所跡の碑と並んで松姫之碑が
建っている。
甲斐から逃れて来た松姫が最初に逗留したのが、この高留にあった
金昇庵であった。

松姫之碑
甲斐の山々憂愁に静み天下布武の叫喚は風林火山の家風を焼き
甲源の嫡流挽歌哀し天正十年壬年四月武田信玄第六女松姫ら
勝沼開桃寺を脱し甲斐路の山谷を武州案下路の山険を踏み分け
和田峠を下り高留金昇庵に仮宿の夢を結ぶ故郷の風雪はるかに
偲ひ肌寒きを受け転して河原宿心源院の高僧に参禅し更に転じて
横山(八王子)御所水に移り住み機織の手作りに弟妹を育つ幾はく
もなく天正十八年庚寅六月関東の世変に会し北条氏滅び徳川氏
江戸に入府と共に甲斐の旧臣八王子千人同心を結ひ八王子守衛
に来り住し松姫の安否を尋ね米塩の資を助く元和二年(一六一六)
四月十六日年五十六にして信松院に歿す
松姫の生涯は戦國動乱の中に終始し政略婚の辛酸に殉し清純の
操志を貫き通すその清風の香しき清節は武甲の天地にこたます
婦道の鑑といふへし
先代尾崎栄治つとに松姫の生涯を貞婦婦道の象徴とし金昇庵址
保存を宿願す茲に追慕の碑を建て先覚の遺風を継ぐものなり
    昭和五十二年四月十六日  八王子市長 後藤聦一 額
                               佐藤孝太郎撰
                               中村雄山 書

八王子の郷土史家・佐藤孝太郎氏の名文である。






武田家の衰退を見越した織田信長は甲斐への侵攻を開始する。
織田軍を指揮する織田信忠は、かつて松姫の婚約であった奇妙丸。
兄・仁科盛信が守る高遠城に移っていた松姫は、盛信の指示を受け、
兄・武田勝頼が新たに築いていた新府城へと向かう。
高遠城は落ち、盛信は討死。
攻め寄せる織田軍との対決を避け、武田勝頼主従は新府城を捨て、
家臣・小山田信茂を頼り、大月城へと向かう。が、小山田の裏切りに
よって甲斐の名門・武田家は終焉の時を迎える。

兄・勝頼と別れて北条領を目指した松姫一行は漸く金昇庵に辿り着く。
幼い婚約者であった信忠と松姫は、一度も顔を会わせたことがない。
武田攻めの最中も、信忠は松姫を探していたのではないか。
そして、金昇庵に入った松姫のもとに信忠からの使者が遣わされる。
とうとう対面が叶う・・・筈であった。
が、毛利攻めの途上、備中高松城を攻める羽柴秀吉の援軍に向かう
織田信長に同行した信忠は、明智光秀の謀反により京で命を落とす。

一度も会うことなく亡くなった織田信忠への愛を貫き、松姫は出家し
「信松尼」となり、生涯独身で過ごした。
「信松尼」の「松」は松姫、「信」は父・信玄か、それとも信忠だろうか。