八王子の景色   梶原八幡神社                                                     [戻る]


元八王子町3丁目にある八幡神社は「梶原八幡」とも呼ばれる。
鎌倉幕府を開いた源頼朝の重臣であった梶原景時がこの地に勧請
したのが始まりとされ、神社の北側には梶原景時の屋敷跡といわれる
梶原谷がある。


八幡神社の由緒
当社は、康平六年八月(一〇六三年)、源頼義朝臣、鎌倉由比郷に
石清水八幡宮の神を奉祀するに始まる。後治承四年十月(一一八〇年)
源頼朝公、大庭景義に命じてこれを小林郷松ヶ岡に遷す。(今此処を鶴
ヶ丘八幡宮と称す)。建久二年四月(一一九一年)宮殿の造営全く竣へ、
正遷座の際、古神体を頼朝公家臣、梶原平三景時に賜ふ。此の地は、
八王子発祥の地、景時の所領ゆえ、同年六月此処に奉祀す。降って
寛正・文明の頃傷んだ社殿の造営修復す。元亀三年(一五七二年)北條
氏照公、当地に八王子城(日本百名城選)を築き、居住する間社領若干
を賜る。越えて、天正十九年十一月(一五九一年)将軍徳川家康公より
社領十石(朱印)を賜り、後明治六年(一八七三年)、郷社に列せられる。
尚、景時勧請時の棟札ありしも戦災の折残念ながら焼失す。
(境内の由緒書きより)

康平6年(1063)に源頼義が鎌倉・由比ヶ浜に勧請した石清水八幡宮
は、治承4年(1180)に源頼朝が現在の鶴ヶ丘八幡宮の地に遷座した。
この時の旧御神体を梶原景時が譲り受けて、この八幡神社祀ったとされ
ている。







赤を主とした社殿は、美しく彩色された多くの彫刻で飾られている。
龍や鶴、亀、獅子などの彫刻は見応えがあるものである。