八王子の景色   アシダ曲輪                      [戻る]


「慶安古図」に「アシダ蔵」と書かれている、
通常はこれを「アシダ曲輪」と呼ぶが、「アシダ」が何を意味するかは
不明である。

アシダ曲輪は山下曲輪と御主殿の間に位置する、御主殿の防御面
では非常に重要な曲輪である。
曲輪は大きく2段に分れるが、下段の曲輪は私有地になっている。

曲輪の北は柵門台からの支尾根になっていて、金子曲輪とその下に
続く馬蹄段が伸びている。

あしだ曲輪
「慶安古図」に「アシダ蔵」とかかれています。二-三段の曲輪群から
なり、館や倉庫があったと考えられています。
落城時、近藤出羽守が守っていたといわれています。
         昭和六十二年三月三十一日  八王子市教育委員会

(八王子市教育委員会の説明柱より)










アシダ曲輪一帯には観音像がところどころに置かれている。
入口には「福善寺石仏めぐり」という手作りの木製案内標識が立って
いて、それによれば石仏は16体あるという。
千手観音像、不空観音、如意輪観音像など見事な石仏だ。
八王子城合戦の際に激戦地となったであろうに違いない地に犠牲者
の霊を鎮めるかのような石仏が点在する様子を見ると、ここが特別な
意味を持つ場所のように感じられる。

アシダ曲輪の下段と上段東側の3分の2程には樹木がない。
これは、以前ホテルの建設工事が着工されて、重機によって整地され
た結果であり、地表面が削られたたまだという。
なお、上段曲輪の西側は工事がされていなため、往事の面影を見る
ことができる。

その先の御主殿との境には小さな沢が谷を刻んでいる。