八王子の景色   いのはなトンネル列車銃撃事件                              [戻る]


空中で中央道と圏央道が空中で交差するその下を、中央本線の
線路が走り、その先にトンネルの入口が見える。
ここが、太平洋戦争末期にアメリカ軍戦闘機による銃撃を受け、
50名前後の死者を出した事件があった場所である。

湯の花トンネル中央本線列車銃撃事件慰霊碑
八王子空襲直後の昭和20年8月5日正午すぎ、八王子市裏高尾
町の中央本線・湯の花トンネル(現在の上り線)で長野行き下り
列車がアメリカ軍戦闘機P51により銃撃された。8月2日の空襲で
線路に被害を受け、運転が再開されたばかりだったため、列車は
満員で、乗客のうち49名が死亡、重傷者120名、軽傷者800名
(国鉄の空襲被害記録より)という、列車銃撃事件としては日本最
大の被害を出した。

(八王子市教育委員会の解説板より)

なお、解説板では、「湯の花トンネル」となっているが、ここでは、
「いのはなトンネル」と呼ぶ。
トンネルが通る小山を横から眺めると、その形が猪の鼻に見える
ことから付けられたもので、「湯の花」は国鉄の命名時に誤って付
けたか、語感を選んで付けた名であろう。






事件があった近くには、慰霊碑が建てられている。

慰霊の碑
終戦間近の昭和二十年(一九四五)八月五 真夏の太陽が照り
つける午後十二時二十分頃 満員の新宿発長野行き四一九列車
が いのはなトンネル東側入口に差しかかったとき 米軍戦闘機
P51二機または三機の銃撃を受け 五十二名以上の方々が死没
し 百三十三名の方々が重軽傷を負いました この空襲は日本
最大の列車銃撃といわれています。
私どもは この戦争の惨禍を決して忘れることができません
ここに 確認された犠牲者おお名前を書きとどめ ご遺族とともに
心からご冥福を お祈り申し上げ 現在の平和な日々をかみしめ
戦争を知らない世代へこのことを語り伝えます
平成四年八月五日 いのはなトンネル列車銃撃遭難者慰霊の会


高尾駅を出発した列車はP51に遭遇した後に、いのはなトンネル
に先頭車両が入ったところで停止してしまったという。
このため、満員の乗客は逃げ出すこともできずに、戦闘機の銃撃
にさらされ続けたため、被害が拡大したものである。
この翌日には広島に原爆が投下され、長崎への原爆投下の後に
終戦を迎える。銃撃事件からわずかに10日の後であった