八王子の景色   野猿峠                                          [戻る]


野猿峠は打越町と下柚木を結ぶ野猿街道の最高点。
交通量が非常に多い道路である。

天文7年(1538)の永林寺造寺の際に書かれた永林寺文書
に「永麟寺山堺の事 面(表)は海道 西は猿丸・・・」とあり、
当時の呼び名猿丸(峠)は、以降昭和初期まで使われた。
昭和13年の由木乗合関係書類に「車庫の所在地は猿丸」の
字句があり、同年に由木乗合を合併した京王電気軌道が、
多摩丘陵ハイキングコース宣伝のため 猿丸峠よりスマート
で一般的な「野猿峠」の文字を始めてパンフレットに使った。

昭和23年東京急行電鉄から分離・独立した京王帝都電鉄は、
高幡から北野までの 多摩丘陵ハイキングコースを「ロマンス
コース野猿峠」と名付けて宣伝した。

(参考:佐藤孝太郎下『多摩歴史散歩』有峰書店 昭和48年)

峠には、馬で輸送をしていた時代の名残りの人と馬とが水を
飲める「野猿峠の水のみ場」という設備が残っている。
長くて勾配のある坂が重要な交通路でもあった証拠である。